ヘモグロビンのαβサブユニット交換反応
赤血球から単離されたヘモグロビン(Hb)を原料として用いた人工酸素運搬体は、Hemoglobin Based Oxygen Carriers
(HBOCs)と呼ばれ、長い研究の歴史があります。Hb分子をそのまま血管内に投与した場合に発生する重篤な副作用を回避するため、分子内架橋、PEG等による表面修飾、ランダム重合、ポリマーへの結合など、Hbを直接化学修飾することにより、様々な構造を持つCell-free
HBOCsが合成されています。これらの研究の過程において、Hb表面に存在する特定のアミノ酸残基の側鎖に化学修飾を施す様々な方法が開発されました。私たちは、これら部位選択的な化学修飾法を駆使して、Hbをユニットとして用いた構造体を構築する研究を行っています。
- PEG修飾Hbとnative Hbとのαβサブユニット交換反応

Fig. 1 2本のPEGで修飾されたHb (bis-PEG-Hb)と native Hb との、解離平衡を介したサブユニット交換反応
Hbは水溶液中においてα2β2四量体構造とαβ二量体構造との平衡状態になることが知られていますが、その解離定数はμMオーダーと小さく、高濃度、生理的条件下では大部分が安定な四量体構造を保っております。そのため、四量体が解離しないことを前提に設計された化学修飾型HBOCsも多く報告されています。私たちは、本当に解離反応は無視して良いのか調べるため、生理的条件下で2本のPEGで化学修飾されたHb
(bis-PEG-Hb) の水溶液と、化学修飾されていないHb (native Hb) の水溶液を混合しました。その結果、αβサブユニットの交換が進行し、1本のPEGで化学修飾されたHb
(mono-PEG-Hb) が生成することが分かりました。この結果は、PEG修飾Hbは生理的条件下において安定な四量体構造を保ちつつも、解離平衡を経由したαβサブユニットの交換反応が容易に進行することを示唆しています。
Biomacromolecules 19(8), 3412-3420 (2018). /
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Fig. 2 サブユニット交換反応を利用した環状Hbモノマーの開環重合と、
分子内架橋反応による構造の固定
Hb分子は四量体と二量体との間で結合解離平衡状態にある1つの巨大なユニットとみなすことができます。私たちは両末端に官能基を持つPEGを用いて、Hbのα2β2四量体構造の2つのβ鎖をPEGで結合した、環状構造を持つHb
モノマーを合成しました。合成した環状Hbモノマーは低濃度ではモノマー構造を保っていますが、高濃度ではα2β2構造の解離平衡を介して開環重合が進行し、非共有結合的な相互作用によりモノマー同士が結合した超分子ポリマーを形成します。架橋剤を用いてこの超分子ポリマーの構造を固定したところ、平均重合度が約13、平均分子量が約100万、分子サイズが約100
nmの重合Hbが生成していることが分かりました。また、PEGの長さ(分子量)と温度を変えて重合を行い、残存モノマーの定量による熱力学的解析を行ったところ、この超分子開環重合がエントロピー駆動で進行していることが明らかになりました。
Biomacromolecules 20(4), 1592-1602 (2019). /
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Journal Cover Image (Supplementary) 学内記事:
若きトップサイエンティストの挑戦(リサーチストーリー)vol.3
Biomacromolecules 22(5), 1944-1954 (2021). /
機関リポジトリ(the version post-peer review)
化学と工業(ディビジョン・トピックス), 76(4), 261 (2023).

Fig. 3 Hbと架橋Hbを原料としたハイドロゲルの合成と性質
四分岐PEGの末端をHbのβ鎖と反応させたところ、柔らかなハイドロゲルが形成されました。このゲルは、サブユニット間の非共有結合性相互作用によってネットワーク構造が維持される「超分子ゲル(物理ゲル)」に分類されます。得られたゲルは自己修復作用を示すだけでなく、温度、pH、酸素分圧(pO2)といった外部刺激に応答して粘弾性が可逆的に変化することが明らかとなりました。特に、酸素濃度に対する応答は、Hbの性質を反映した特異的な挙動と言えます。また、原料Hbをあらかじめ架橋して解離平衡を抑制した場合、形成されるゲルは共有結合のネットワーク構造を持つ「化学ゲル」となり、弾性支配的な挙動を示すことも分かりました。
Biomacromolecules 26(8), 5212-5223 (2025). / open access
ACS Omega 11(1), 2194-2205 (2026). / open access